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秋田家庭裁判所 昭和47年(家)534号 審判

申立人 山口好子(仮名)

相手方 山口安雄(仮名)

主文

相手方は申立人に対し金一一五、八四〇円を即時に、昭和四九年一月一日から申立人との別居がやむに至るまで毎月四〇、〇〇〇円ずつをその月の末日までに支払え。

理由

一  申立および申立人の主張の要旨

(1)  相手方から昭和四六年九月二八日申立人を相手方として夫婦関係調整の調停申立がなされ、同年一一月一一日第一回目の調停期日が開かれたのであるが、その際申立人は、坂本雪と同棲中の相手方からの離婚申出には応じられないとして、別居中の生活費四〇、〇〇〇円を毎月支払うよう請求したが、結局調停は不成立に終つたけれども、同日当事者間で任意に「当分の間、相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として一か月金二〇、〇〇〇円を持参または送金して支払う」ことの合意が成立した。

(2)  ところが、相手方は上記合意に基ずく生活費月額二〇、〇〇〇円の支払として、昭和四六年一二月金二〇、〇〇〇円、昭和四七年二月二六日金一〇、〇〇〇円、同年四月一九日金二〇、〇〇〇円、同年五月二八日金五、〇〇〇円、合計五五、〇〇〇円を履行しただけである。

(3)  相手方が申立人宅から別居(昭和四六年七月一一日)するとき、現金一〇〇、〇〇〇円のほかダンプカー一台、普通乗用車(四五年型クラウン)一台を持つて出たが、本件申立時には、右ダンプカー一台、普通乗用車一台を新車に更新したほか、ダンプカー二台は新に購入し、電話を新設の上運転手二名を使用して建設資材運搬業は手広くやつているから、申立人の生活費や、医療費(申立人は慢性肝炎を患い現に○○赤十字病院に通院治療を受けている)を支払う余裕は十分にある。

(4)  そこで、申立人は坂本雪と同棲して申立人との同居義務に反している相手方に対し、婚姻費用の分担として、昭和四七年六月から婚姻期間中毎月六〇、〇〇〇円ずつの支払いを請求する。

(5)  なお、申立人としては、病弱のため無理な働きもできないため、和裁の内職をしているが、これとてほとんど言うに足りない収入にしかならないので、昭和四六年一〇月から月額二七、〇〇〇円の生活保護を受けて、ようやく長男勝(七歳)との糊口をしのいでいる生活状態であるが、相手方から上記生活費等の支払を受ければ生活保護の方は返上したい意向である。

二  相手方の言分の要旨

(1)  もともと、昭和四六年七月頃、相手方が申立人と別居する際申立人から「財産全部を置いて出て行つてくれ」と言われ、それまで夫婦が三年間コツコツ蓄えた定期預金六〇〇、〇〇〇円や家屋を新築すべく準備していた建材およびダンプカー一台を置いて、現金一〇〇、〇〇〇円を持つただけのほとんど裸一貫で家を出たのである。もつとも、ダンプカー一台はその後申立人の希望で相手方が引き取つた。

従つて、別居後申立人の当座の生活には支障がない筈である。

(2)  昭和四七年三月から運転手二名を雇い、ダンプカー三台で事業(建設資材等の運搬)を始めてはいるが、ダンプカー購入代金の月賦返済その他維持費および運転手の給料等の支払に追われ、余裕は全くない。

家財道具類の多くは坂本雪が買い求めたもので、どうにか食べていける程度の生活状態である。

三  当裁判所の判断

(1)  調査官梁川逸郎作成の調査報告書、相手方から申立人に対する当庁昭和四六年(家イ)第三一四号夫婦関係調整の調停申立事件記録によれば、申立人と相手方とは、昭和四一年六月二日婚姻し、長男勝(昭和四一年一二月二四日生)を儲けた仲であるが、相手方が坂本雪と肉体関係を結んだことから夫婦間に葛藤を生じ、昭和四六年七月ころ口論の末相手方が家を出て、同年九月二八日当庁に申立人との離婚の調停(上記(家イ)三一四号調停事件)を申し立てたが、申立人は「別居生活を続けるから生活費四〇、〇〇〇円を請求する」と主張して離婚に応じなかつたので、同年一一月一一日調停不成立に終つたところ、同日当事者間で任意に「当分の間相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として一か月二〇、〇〇〇円を申立人方へ持参または送金して支払う」旨の合意が成立した。そこで申立人は相手方宅に催促に赴いた結果、昭和四六年一二月金二〇、〇〇〇円、昭和四七年二月二六日金一〇、〇〇〇円、同年四月一九日金二〇、〇〇〇円、同年五月二八日金五、〇〇〇円、合計五五、〇〇〇円を受取つている事実が認められる。

以上の事実によれば、申立人が相手方と別居するに至つた主たる原因は相手方にあり、別居は相手方の責に帰すべき事由に基づくものと認められる。

(2)  次に双方の生活状態について考察する。

(イ)相手方について

調査官梁川逸郎作成の調査報告書および申立人本人審問の結果によれば、現金一〇〇、〇〇〇円を持つて申立人と別居した相手方はダンプカー一台(これは、もともと相手方所有の物であつたが保管場所などの関係から、便宜申立人の実父名義をかりたものであつた)を申立人の希望で引取つてから、坂本雪の援助の下に同人の退職金などを資本の一部としてダンプカー二台の新車を購入し、運転手二名を使用して昭和四七年三月ころから建設資材の運搬業を始めた。右事業経営による収支状態の把握は必ずしも容易ではないけれども、ダンプカーの月間稼働日数は二〇日、一台当たりの日収は約五、五〇〇円、三台分合計月収額は三三〇、〇〇〇円と認められ、これに対し、運転手一名当たりの一ヶ月分給料は五〇、〇〇〇円、二名分で一〇〇、〇〇〇円、ダンプカー二台の購入代金の月賦返済金計約一〇〇、〇〇〇円、税金、保険料、車検費、整備費などの維持費としての負担金を月割計算した約三五、〇〇〇円、合計約二三五、〇〇〇円の経費が必要であり、したがつて相手方の純収入は一か月九五、〇〇〇円を下らないことが認められる。

もつとも、相手方本人を審問した結果によれば、相手方は、昭和四八年七月から、新たに土木建築請負、建築資材販売にも手を拡げ、ダンプカーも五台に、したがつて運転手も五名にふやすなどしたが、反面これによつてダンプカー購入代金月賦額、その他の経費増、人件費の高騰などもあり、新規事業は未だ緒についたばかりで、結局のところ前記認定の純収入を著しく好転し得たことを認めるべき資料は得られない。

(ロ)  申立人について

申立人本人審問の結果および上記調査報告書によれば、相手方と別居後申立人は慢性肝炎や骨盤分離症は患い、○○赤十字病院に通院加療中(生活保護法上の医療扶助による)であり、収入を得るべく働きに出ることも思うにまかせず、(1)で認定のとおり相手方が申立人に支払うことを約した婚姻費用も、相手方は、ほんの一部しか履行しなかつたために、申立人は幼い勝をかかえて生活に困り、昭和四六年一〇月からは月額二七、〇〇〇円、昭和四八年五月からは月額三二、〇二〇円の生活保護を受けてようやく生活していることが認められる。

(3)  如上認定したような本件当事者双方の収入、生活状態に基ずいて、相手方の申立人に対する婚姻費用分担義務の存否、その額等について考察する。

申立人は上記の如く生活保護を受けて生活しているとはいえ、夫である相手方と著しく劣る生活をしている現実の存するかぎり、相手方の婚姻費用分担義務が免除される道理はなく、相手方は、申立人と別居するにあたり、申立人から「何もいらないから出て行つてくれ、当方の生活に干渉しないでくれ」とさえ言われたとして、今更婚姻費用分担を要求されることについて納得できない様子であるけれども、別居の原因が主として相手方の不貞行為にあること前認定のとおりである以上、相手方には別居中の妻に対し自己と同程度の生活を保持する責任があることはいうまでもない。

よつて、その額について検討するに、相手方の収入、生活状態等諸般の事情に、別表(一)(二)記載のような最低生活費についての計算結果を参酌し彼是考察すれば、相手方は申立人に対しその生活費の分担として月額四〇、〇〇〇円を支払うべきものとするのが相当である。

しかしながら、さきに認定したとおり、申立人は、昭和四六年一〇月から月額二七、〇〇〇円、昭和四八年五月から月額三二、〇二〇円の生活保護を受けているほか、申立人本人審問の結果によれば、申立人は相手方と別居するにあたり、相手方から現金一〇〇、〇〇〇円および定期預金五〇〇、〇〇〇円の分配を受け、これを生活費に当ててきた(もつとも昭和四七年一二月末ころまでには、その全額を費い果した)ことが認められるので、これらの事実も参酌すべきである。

そうすると、本件申立のあつた昭和四七年六月五日から昭和四七年一二月末までは、申立人の生活は、前記定期預金および現金一〇〇、〇〇〇円ならびに一部は生活保護によつてまかなわれ、かつその程度はさきに相手方が申立人に給付すべきものとして算出した婚姻費用分担額月額四〇、〇〇〇円を上廻るものと推認されるので、申立人の右期間にかかる部分の請求は、是認できない。

つぎに相手方は、申立人に対し

(イ)  昭和四八年一月から同年四月までの分については、前記月額四〇、〇〇〇円ずつから生活保護によつて支給を受けた月額二七、〇〇〇円ずつを差引いた一か月当たり一三、〇〇〇円、四か月分合計五二、〇〇〇円

(ロ)  昭和四八年五月から同年一二月までの分については、前同様月額四〇、〇〇〇円ずつから生活保護によつて支給を受けた月額三二、〇二〇円ずつを差引いた一か月当たり七、九八〇円、八か月分合計六三、八四〇円

(ハ)  右(イ)(ロ)の合計一一五、八四〇円

を即時に支払うべきであり、昭和四九年一月一日以降今後申立人との別居状態のやむまで毎月末日かぎり金四〇、〇〇〇円ずつを支払うべきである。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 飯澤源助)

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